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オリンピックに想うこと

 オリンピックをテレビで観ながら強く想うことは、やはりスポーツのすばらしさである。

 複雑な人間社会においては、人と人との意思統一を図ることはきわめて難しいが、スポーツではそれが簡単に出来てしまう。それも単なる意思統一にとどまらず、選手と指導者の絆、チームメートとの絆、そして何よりも家族との絆が選手の強力なバックアップとなる。家族内のトラブルが新聞の社会面をにぎわせている昨今、オリンピックで活躍した選手たちと彼ら支える人々との絆の強さを見て、心から感動すると共に、何かほっとする気持ちになった。

 それから、もうひとつ感じたのは、勝負運の有無である。選手の中で勝者となったものは、「勝ちたいという気持ちが相手より強かったから私は勝てた」と言い、敗者はそれと逆のことを口にする選手が多かった。しかし、私には勝者も敗者も「勝ちたい」という気持ちには差はなかったように思える。「勝負は時の運」である。「運も実力のうち」とか「運を呼び込む努力が必要」といったことも良く聞かれるが、それら「実力」や「努力」よりももっと異次元のものがオリンピッゥのような一発勝負では勝敗を分けるように思えてならない。それは単なる巡り会わせであったり、一瞬の閃きであったり、セオリーに反するギャンブルであったりする。セオリーを選手に押し付けると選手が萎縮してしまう。その典型的な例が、星野ジャパンであったような気がしてならない。

                   教育研究センター スポーツ担当:鈴木 

 

 

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